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「市民営化」のカギになり得るインフラPPP

デジタル化の加速とそれに伴う「業界」の消滅、米中摩擦を背景にした地政学上の変化など、今は数年先を見通すことも難しい時代です。その中にあって、一流の経営者や専門家は寸暇を惜しんで情報を集め、思索し、仮説検証を繰り返す中で来たるべき未来に対応しようとしています。
 
トップインタビューでは、建設プロジェクトマネジメントや社会インフラPPP(官民連携)など新しい市場を切り開いてきた植村が、それぞれの業界でトップを張る人々との対話を通して、建設・不動産業界のみならず日本経済や世界経済の未来を考えていきます。
 
今回は、経済思想家の斎藤幸平氏に話を聞きました。


 
植村公一氏(以下、植村):2022年12月に開催した国際オンラインシンポジウム「ムハマド・ユヌス氏と創る3つのゼロの世界」では、パネリストとして参加いただき、誠にありがとうございました。私も、3つのゼロを実現するために、自社の事業を通して何ができるのか、改めて考えるいい機会になりました。
 
※シンポジウムでは、グラミン銀行とともに2006年のノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏を基調講演に招き、「貧困ゼロ・失業ゼロ・CO2排出ゼロ」の新しい経済についてパネリストと議論した。
 
斎藤幸平氏(以下、斎藤):シンポジウムでは私からもいくつか質問させていただきましたが、講演の場で、ユヌスさんがああいうインタラクティブな質疑応答をするのは珍しいらしいですね。貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。
 
植村:印象に残っている言葉はありますか?
 
斎藤:いろいろありますが、私として印象に残っているのは、「本来、人はみな起業家」という言葉です。

(写真:Hajime Kimura、他同)

ユヌス氏に提案した「4つのゼロ」
今の人々は自分の能力や自分のやりたいことを考えることなく、企業や組織に雇われるがままの存在になっています。でも、地域や自分たちのコミュニティに意味のある仕事を自分たちで立ち上げることで雇用をつくり出し、地域の問題を解決していく。そういう経済のあり方を提起されているところに、大きな感銘を受けました。
 
最近、私は労働者協同組合法に基づく「ワーカーズコープ」に注目しています。カネ儲けや株主配当だけを優先する経済の仕組みがあまりにも大きくなると、自然環境破壊や格差などが拡大します。その矛盾を浮き彫りにしたのが今回のコロナ禍です。今回のシンポジウムのように、従来の資本主義を超える枠組みを議論することは、本当に大切なことだと思います。
 
もう一つ興味深かったのは、私が常々言っている「脱成長」に関するユヌスさんの反応ですね。
 
植村:「3つのゼロ」の4つ目として「成長もゼロにすべきではないか」とユヌスさんに提案されていましたね。
 
斎藤:バングラデシュに成長がいらないということを言っているのではなく、日本をはじめとした成熟した先進国が今以上の成長を求める必要があるのかという意味で、そのようにお話しました。
 
今の日本を見ても、神宮外苑の再開発に伴うイチョウ並木の伐採が問題になっています。あのイチョウ並木が典型ですが、日本には先人が長い時間をかけてつくり上げ、引き継いできたものが数多くある。それを短期的な利益のために壊していいのでしょうか。
 
神宮外苑の景観は、100年後を見据えた渋沢栄一翁らの都市設計の結果です。昔の日本人は100年後の未来を考えていたのに、今の日本人は古いものを壊し、どんどん高層ビルに置き換えている。それも、過度な成長を求める資本主義が原因です。
 
そう考えているがゆえに4つ目のゼロとして「成長ゼロ」を提案しましたが、ユヌスさんは受け入れてくださらなかったですね(笑)。アジアの国々には、マルクス主義に対するネガティブな歴史がありますから仕方がないのですが。
 
 
マルクスが今の資本主義に与える視座
植村:「壊して建てる」という現状に対する批判もありますが、CO2削減を考えれば、建物の更新は必要な面もあります。もちろん、適正なスペックやコストで建てることは不可欠で専門家として適正化すべく努力していますが、売り上げのために事業に不必要な仕様や機能を盛り込む設計事務所や建設業者はいまだに存在します。



斎藤:一度、建物を建てると、次の建て替えまでチャンスはありませんから。最近、東京中心部ではすごい勢いで再開発が進んでいるじゃないですか。でも、日本の人口は既に減り始めています。世界に視点を広げても、2050年までに脱炭素を実現しないといけない。
 
その2050年まで30年を切っている中で、今のようにより大きく、より高くという思想が持続可能なのかどうか。高層ビルのような大きな建物が必要なのか。過剰な設備が必要なのか。ランニングコストも踏まえて、日本に何をつくるのかという視点は重要だと思います。
 
マルクスはいろいろと批判を浴びますが、行きすぎた資本主義に対して、違った視点を与えてくれる思想家です。「マルクスはもう死んだ」と言われ続けた30年でしたが、多くの人が私の著作を手に取ってくれる背景には、今の資本主義に対する疑問や不安があるからだと思います。
 
植村:これから本格化する超高齢化と人口減少社会を考えれば、今の時代に併せた社会システムへの変革は不可欠です。その中でわれわれにできることは何か。その一つが、PPP(Public Private Partnership:官民連携)によるインフラ整備だと考えています。
 
斎藤:インフラの老朽化はだいぶ進んでいますね。
 
植村:例として上水道を挙げると、整備されてから50年以上が経過している水道施設や配管も多く、更新時期を迎えています。ところが、財政の問題があり、なかなか更新が進みません。このまま放置しておけば、近い将来、維持管理のために水道料金を上げなければならなくなるでしょう。その状況を防ぐためにも、インフラの更新に民間資金とDXのような民間ノウハウを投入するPPPの活用は不可欠です。
 
 
CO2削減効果が大きいのは建設よりも運営
また、経営という側面から見てもPPPを避けては通れないと思います。水道事業が典型ですが、日本の公共インフラは行政が公共投資で整備し、行政が三セクなどを通して維持管理しています。そのマネジメントが効率的に行われていればいいのですが、三セクには行政の天下りも多く、効率的な運営がなされているとは決して言えません。
 
雇用の確保という側面もあるので、新たな雇用の創出という課題も同時に解決しなければなりませんが、AIの活用が進んでいる海外の上水道と比べて日本はだいぶ遅れています。極端な話、日本が100人かけてやっている業務を欧米は10人以下でやっている。PPPで民間企業が運営に参画すれば、上下水道の運営や維持管理にかかるコストは間違いなく下がるでしょう。
 
こういった維持管理の効率化は、カーボンニュートラルを進める上でも重要です。
 
斎藤:インフラの維持管理や運営のところでCO2を削減していくということでしょうか。
 
植村:そうです。建物や施設を建てる時にCO2削減を意識することはとても大切なことですが、つくる時よりも、その後の運営の方が削減効果は大きいんですよ。
 
例えば、浄水場は人口の増加に合わせて新設されていますから、基本的に人の多く住むエリアに設置されています。そのため、本来は上流にあるべき浄水場が下流にあり、ポンプアップして各家庭に送水するというケースが少なくありません。その分、電気代を無駄に消費しています。
 
浄水場も老朽化しており設備の更新が不可欠です。であるならば、自然な水の流れを利用して送水できるように、設備の更新をテコに浄水場の再編も考えるべきだと思います。また、県と市町村を巻き込んだ議論、あるいは分断している上水と下水、工業用水の更新計画と運営の一体化も取り組むべき課題でしょう。
 
上水道を例に話しましたが、維持管理や運営の段階でカーボンニュートラルを考えるという点は道路など他の社会インフラも同様です。
 
 
日本でやるべき民営化とは
斎藤:とはいえ、PPPのような民営化を今の資本主義の下で進めると、労働条件の悪化やコストカットに伴う非正規化が進むのではないかという懸念もあります。事実、欧州ではフランス・パリ市のように、これまでの民営化を改めて、水道事業を再公営化するケースも出て始めています。

もちろん、公営化したとしても、運営のところでは民間企業のノウハウなどが入っているので日本のやり方とは違うと思いますが、今のような、とにかく利潤を上げようという資本主義のままだと、利益を上げるためにメンテナンスを疎かにしたり、従業員を削減したり、水道料金を上げたり、という話になってしまいます。それこそ、100年育てた神宮外苑の森を破壊するように。
 
植村:その懸念はよく分かります。ただ、私はPPPと民営化について、全く違う考え方をしています。グローバルでもそうだと思いますが、これから日本でやるべき民営化とは、地域の人が参加し、余分に出た利潤を地域に還元していくような民営化だと思うんです。
 
斎藤:今の資本主義の下で、そんなに都合のいい形になるでしょうか。
 
植村:やりようはあると思います。例えば、年金基金です。
 
一般的に、民営化では運営主体となる民間コンソーシアムがSPCをつくります。このSPCには、実際に水道事業を運営する企業などが出資しますが、その時に、年金基金にもエクイティを持ってもらう。そして、20年なら20年の運営期間で妥当なリターンを設定し、経営努力で余分に出た利益は水道料金の引き下げなどで地域に還元していく。
 
年金基金にとって、長期間安定的にリターンの取れる投資先は魅力的です。ヘッジファンドのようにフタ桁のリターンは必要なく、今であれば3~4%程度で十分でしょう。金融機関からの融資も、カーボンフリーに資するプロジェクトであれば低い金利に抑えられます。
 
このように、低コストで資金を調達できれば、運営での経営努力でリターンは出せる。それを地域に還元していけばいいんです。
 
その際に重要なのは透明性です。年金基金に対するリターンもさることながら、運営を担うSPCの適正利益を明確に定め、それをオープンにすることです。そして、それを超えた分は何かしらの形で還元していく。
 
斎藤:行政の役割はどうなるのでしょう。

 
水俣で起きている新しい分断
植村:水道事業の場合、やはり飲み水ですからすべてを民間に任せるということはあり得ません。定期的なモニタリングを含め、管理に責任を持つのは行政です。そのため、民間と行政の役割分担を明確化させる必要がある。でも、最近のPPPは進化していて、様々な形で官民の役割分担、リスク分担が可能になっています。
 
また、公共性の高いインフラの場合、実際のメンテナンスを担う地元企業に発注し、適正な利益を得られる仕組みをつくることが大切です。
 
もちろん、東京や大阪の大企業にしかできない部分もあると思います。そういう部分は大企業に発注するとして、それ以外の部分は地元にしっかりとお金を落としていく。それが、日本の目指す新しいPPPの姿だと思います。
 
斎藤:最近、僕が心を痛めていることの一つに、熊本県水俣市で進む風力発電プロジェクトがあります。
 
ご承知の通り、水俣は水俣病の公害で塗炭の苦しみを味わいました。水俣病になった患者の苦しみだけでなく、患者と地域の分断です。
 
水俣は水俣病の原因企業であるチッソの企業城下町であり、チッソとの関係で生計を立てる市民が数多くいました。そのため、補償を求める患者の声が大きくなるにつれて、患者や支援団体に反発する地域住民が増えたのです。
 
その不幸な歴史を経験しているがゆえに、水俣には環境に配慮した暮らしを営む人が大勢います。今回の風力発電プロジェクトについても、水の流れや海の環境を変える可能性があるという不安から反対している人がたくさんいます。水俣の山に雨が降り、ミネラル豊富な水が海に流れ込むことで、不知火海が豊かな漁場になる。そう考えれば、住民の不安も当然でしょう。
 
ところが、それが水俣の新たな分断を生んでしまっているんですね。見え方としては風力発電の設置によるカーボンニュートラルの実現だからいいことじゃないか、と。ただ、設置するのは東京の大資本。地域に入るわずかばかりの土地使用料のために環境を破壊する必要があるのかどうか。
 
せっかく水俣病の分断を乗り越えようともやい直しに取り組んでいるのに、また資本の論理によって分断の種が生まれている。本当に悲しいことです。

 
私の考えるコミュニズムとは
僕は「市民営化」と呼んでいますが、単に民営化するだけだと、恐らく大企業が持っていってしまう。そうではなく、植村さんが言うような、地域の市民や行政が出資したり、地元の企業が関わったりするようなPPP、僕の言葉で言う市民営化が実現できれば、今のシステムも変わるのかな、と感じています。
 
植村:私がインフラPPP事業を始めたのは、行政、民間、受益者の「三方良し」が実現できると思ったこともありますが、インフラを通して貧困や格差、CO2削減といった社会課題を少しでも解決できるかもしれないと考えたこともあるんです。
 
インフラ事業に取り組む欧米企業はなるべくたくさん儲けようとしていますが、これからのPPPはそれではダメだと思うんです。一番大切なのは、運営を担うSPCの利益も見える化していかないと。もちろん、企業なので利益を出していくことは不可欠ですが、適正な水準は間違いなくあると思いますので。
 
斎藤:先ほどの年金の話はとてもおもしろいと思います。文明評論家のジェレミー・リフキンも『グローバル・グリーン・ニューディール』の中で、グリーンインフラに投資するための資金として、年金を活用すべきだと提言しています。その時には、企業側のリターンにある程度のキャップをかける。
 
私の考えるコミュニズムとは、何も全員が年収600万円で生きていくという世界ではありません。300万円の人がいれば、1億円の人がいてもいい。でも、10億円、20億円の人がいる必要はない。むしろ、そんなにあるのであれば、そのお金を別のところに再分配した方がいい。
 
そういうキャップを取り払おうという考え方が新自由主義だったわけですよね。これだと、持てる人が自分たちに有利なルールをつくり、さらに富を蓄積していってしまう。その余分なお金をグリーンインフラや地域の公共施設などに回し、地方の雇用を生む。そういう形にしていかなければ、地方はさらに衰退してしまう。
 
植村:悪循環ですね。
 
斎藤:地方が衰退するから人が東京に出て、東京の金持ちのためにサービス労働を担う。東京だけが過剰に発展し、衰退した地方にはメガソーラーがどんどん建てられる。そして、さらに地方が衰退して、さらに東京に流れ込む。これって、新しい「囲い込み」ですよね。
 
16世紀の英国では牧羊業のために共有地を囲い込み、土地を追い出された農民は都市に出て賃金労働者になる他ありませんでした。同じようなことが、今の日本で起きているように感じます。
 
植村:斎藤さんが進めている「コモンフォレストジャパン」も市民営化に向けた具体的な取り組みの一つでしょうか。
 
斎藤:そうですね。社会が変わらないと嘆いていても仕方がないので、個人でできるレベルのことをしようということで設立しました。一般社団法人コモンフォレストジャパンを軸に、高尾山の一角の森を共同購入し、共有財産として管理するというプロジェクトです。失われつつあるコモンズを自分たちの手でつくるという狙いです。
 
全国では、管理されずに放置されている山が増えています。山は、究極的には誰のものでもありませんから、山にまつわる知識や技能と共に、みんなで緩やかに管理していければと思っています。
 
植村:楽しみな取り組みですね。私も何か協力できればと思っています。

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